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写真:炭焼き窯 |
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炭焼古五郎は製錬士で、ここで黄金の富を得たと言われており、これは製錬窯(溶鉱炉)と推定される。硅層土の中を掘りぬいて作っているらしい。 また後世、明治の後半頃で七十八代目の古五郎が花炭を焼いたといわれている。その時地区の人が手伝ったという古老たちの実話が残っている。 |
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著者 故・宇佐美昇は父の後を継ぎ半世紀以上、石仏の案内人を勤め 深く臼杵石仏と関っていくうちに物言わぬ石の仏たちが建立から永いときを経てもなお私たちに語りかけているそのかすかな呟きを感じ・考え・書きとめてきたものです。この本は昭和61年に書かれたものです。この本を書いた当時とは現在時代背景など大きく変化しておりますが。著者の意向を尊重して、ほぼ手を加えず原文のまま公開しております。 |
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